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*ロータス*

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アフリカ人+日本人の熟年夫婦です

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終わりよければすべてよし。

今年も残すところあと10日。はやーい!!
この一年はなんだかんだで「大変だった」という記憶しか
残っていないくらい大変な年だったけど、年の瀬になって
やっと落ち着きつつある傾向が見えてきたから
終わりよければすべてよし!今年も良い年であった、で終わりにすることにする。
だてに「無駄にポジティブ」と呼ばれているわけじゃない(笑)

前々からうすうす思ってはいたことだけど、自分はやっぱり何かに
守られているんだな、ということを殊更感じた一年でもあったな。
すごくピンチになってもう駄目だと思う一歩手前で救いが入る、ということが
常にあった年だった。
私は神様は信じないから、そういう時に私を助けてくれていたのは
亡くなった家族達だと思っているし、感謝をしていた先もその人達。
もし本当に神様がいて私を助けてくれていたのだとしたら、この感謝の仕方は
ちょっとモヤるわね(笑)

それと息子達にも本当に色々と世話になった。
親を助けてくれる子供がいる私はとてつもない果報者だと思う。

その果報者へ孝行者からの出張土産。








これ食べてあと10日間がんばるぞー。



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もえてます。

夫からクリスマス向けのイベント一覧が送られてきて
楽しそうだったので素直に「いいなー、私もそこにいたいな」
って返したら「ガーナに来たいの?」と聞いてきた。

「イエスでノーかな」

「よかったら安いチケット探してあげるよ!」


・・・そこはさ~、「ビジネス奮発するよ!」でしょ!!!!

だれがこの激混みシーズンに格安チケットでガーナに行くか!
だいたいうちの職場そこまで暇じゃねーぞ。


私は元来「物を探す」という行為が大嫌いで、特に「あるべきところに
あるものがない」というのが最高潮に嫌い。
だから家の共有物も必ず一定の位置に片すようにしているし
家族もそうしないと私の雷が落ちる。

もちろん職場でもそうしているんだけど、なのに、なのに・・・・・
今年はやたらと物が見つからない。
ここにあるはずなのにない。誰も触ってないのにない。
ということは原因は私(か事務所に住むお化け)の仕業なわけで
もうこれがどうにもこうにもストレスが溜まる。
まあ物の多さと片付けるべき場所のサイズが合ってないっていうのが
原因なんだけどさ。

昨日もそれで見つからない書類が出てきて、もういい加減ぶち切れて
書類を片端から捨てていたら、ふと思いついた。

あー、ここか!!!

カテゴリ分けしてしまってあったと思ったけど、最後に見たのが昔過ぎて
別のところにファイリングしたままだったんだな。

目的の書類があったのはいいが、そばには仕分けしようと思った
書類の山。
いっきに面倒になった。だって見つかっちゃったしさ。
それに今のノリだとグレイゾーンの書類も一気に捨てかねない。

ということで、確実にいらないとわかるものだけ弾いて、あとは元の場所に
戻すことにした。
後々悔やまないためにももうちょっと精神が安定している時にやろう。

しかしペーパーレス?なにそれ都市伝説?っていうくらい
うちは紙の量がすごいな。
メモ用紙として取っておいたけど、これもそろそろ処分しないとなー。

そんなこんなで定時に上がって家に帰ってきて踏み台昇降やって
いつもならご飯食べるところをなぜか眠くて堪らなくなって
9時前からソファーでうたた寝を始め、12時頃にファンヒーターの灯油が切れて
それを補充してからまたソファーに転がったらそのまま6時になっていた。

それでボーっとした頭でネットを見てたらコートの可愛いやつを見つけて
そこから色々見ていたら、そういえば去年同じ様なやつ買って
閉まっておいたな、と思い出し、ざっくり探してみたのに見つからない。
他に仕舞うような場所ないのにおかしいなあと思ってリップクリーム代わりに
使っているワセリンを取ろうとしたらこれもない。

なんなんですかね、もー。
今日中に全部きれいにアレンジし直してやる


映画 『マリア』


 

 ※クリックすると Movie Walker のサイトへ飛びます。


原題「The Nativity Story」
邦題「マリア」
監督:キャサリン・ハードウィック
制作国:アメリカ

<あらすじ>
ヨセフに見初められ、なんの心の準備も出来ないままに結婚することに
なったマリア。
結婚後も一年は別々に暮らし性交渉を持つことを禁じられた二人だが
マリアが従兄弟の出産を手伝いに留守にした数ヵ月後、なぜか彼女は
身重の体でヨセフの元に帰って来た・・・・。



いわずと知れたイエス・キリストの生誕ストーリーです。
でもこの映画では、まずマリアを見てヨセフがマリアを好きになって
彼女の両親に結婚の申し込みをして晴れて夫婦になって、という所から
始まっていて、それに戸惑うマリアや身重になったマリアを見て怒るヨセフなど
普通のラブ・ストーリー(神様の啓示付)みたいな話が展開されます。

そりゃヨセフも怒るよね(笑)
ちょっと従兄弟の家に行ってくる、で帰ってきたと思ったらお腹大きくて
説明らしい説明も受けず、なんだもん。
神様が直接コンタクトしなかったら絶対破談になってたよ。

いわば最初はヨセフの片思いからスタートする夫婦なので
マリアの方は全然ヨセフを魅力的と思ってないのですよね。
だけど、お腹の赤ちゃんをヨセフの郷里のベツレヘムで産むことになって
その厳しい道中、ヨセフがマリアを気遣っている姿とか
少ない食料の中、マリアに隠れてこっそり自分の分をロバにあげてる姿とか
そういうのをマリアが目撃して、だんだんヨセフのことを好きになっていくんです。

マリアもヨセフも可愛いので、みていてほんわかしてきます。
ついでに東方の三博士で出てくる3人のノリがちょっと現代っぽくていいよ。
なんか古文古文してた雰囲気がいきなり今に引き戻されるから
人によってはこのノリ余計かもしれないけど。







tag : The_Nativity_Story マリア アメリカ映画 ケイシャ・キャッスル・ヒューズ オスカー・アイザック

東海テレビ 『罪と罰』。

昨夜、遅めに帰ってCSにつなげてあるHDDをみたら
録画で残量がなくなっていまして、そういえば今週は
録画予約を多めにいれていたなと思い、消化するために
こちら見てみました。


『罪と罰 娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父』


東海テレビで2009年に製作されたもののようです。
内容としては、死刑を巡って3組のパターンが出てきます。

ひとりは闇サイトで集まった犯人達に娘を殺された母親、Aさん。
ひとりは弟を保険金目的で雇い主に殺された兄、Bさん。
そして最後は未成年の息子をリンチで殺された父親、Cさん。

Aさんは犯人達の死刑を望んでいます。
Bさんは犯人に死刑判決がでたものの、その死刑を望んでいません。
Cさんは犯人の死刑を望んでいますが、一方どこかで死刑という形で
人の命を奪うことに戸惑いがあります。

この中でもっとも特異なパターンがBさんで、被害者の遺族という形で
ありながらも、死刑制度を考える(というか廃止する)という運動を
行っています。犯人の死で被害者の死は報われないということのようです。

そんなBさんの考えが理解できず、去っていくBさんの家族。
もしかしたら家族ぐるみで嫌がらせを受けたのかもしれませんね。

この番組の趣旨として、この三様の死刑制度への心持ちを映すことに
よって、ニュートラルな形にしたかったのかもしれませんが
どうも「死刑制度はやっぱりよくないよ」という方向にもっていきたいように
見えました。

まあそれも意見のひとつなんだけどね。なら最初からそれ前面に
押し出せばいいんじゃね?的なモヤモヤ感はあるよね。

この番組、普段リビングでテレビを見ることがない長男が
最初から最後まで一緒に見ていまして、彼の感想いわく
今の死刑制度は内容として軽すぎるそうです。

例えば、Aさんの娘さんは男に頭を4、50発殴られて殺されているんでしょ。
その犯人が首つって一瞬で終わりってどういうこと?
せめて同等の苦しみを味あわせるべきじゃないの。

というのが彼の意見。

まあね、それは私も妥当だとは思うけど、じゃあ誰がそれやるの?って
とこが問題よね。

そうなんだよねー、と長男。

遺族の中にはやりたい人もいるだろうけど、全員が全員じゃないからなあ。
難しいよね。

あとさ、誤解を招くかもしれないけど、兄弟姉妹配偶者を殺された時と
子供を殺された時の恨みの深さって違うんじゃないかなって
ちょっと思った。少なくとも私はそうだな。
まあこれもケースによりけりだとは思うけど。
自分の子が最終的には被害者だけど、そこに行き着くまでの過程で
加害者だったってこともありえるわけだしね。
そういうどっちもどっちで感情的に相殺できるようなケースは置いといて
完全な(?)被害者ならなんのためらいもなく死刑執行ボタン押せるな。
旦那の場合は?って言うとちょっと考えちゃうけど。

番組内容関係ないけど、普段大味な感じの長男のセンシティブな面を
久しぶりにみた夜でした。



思いやり。

ここ数日、イレギュラーな対応があって私ひとりで職場に
終業時間後も残っています。

ここらへんは田舎なので、誰もいなくなってしまうと
本当に静かです。そして真っ暗。

昨日、外にでてみたら職場の周りの電灯がすべてつけてありました。

今日、外にでてみたら職場の周りの電灯がすべて消されていました。

昨日の人は、私がひとりで残っているので、物騒でないように
帰り際にわざとすべて点灯していってくれたのでしょう。

今日の人は、私が帰る時の手間を省くためにすべて消していって
くれたのでしょう。

形は違えどどちらも思いやりですよね。

温かい重みを感じます(笑)


え?砂糖???

ネットサーフィンしてたらこんな記事見つけたんですけど
これ本当なんですか???


抗生剤より効果あり?消毒液の代わりとなる意外な物!!


記事の内容としては、消毒液の代わりに砂糖を使うというものなのですが。
「怪我 砂糖」とかでググるといくつか同じ内容の記事がヒットします。
このNAVERもそう。


傷口に砂糖を塗るというギャグのような治療法が絶大な効果を発揮中!


ちょっと前に流行った湿潤効果に近いものがあるのかしら。
記事としてどちらもちょい古めだから現在はどうなのかなってとこですよね。

でも素朴な疑問として・・・砂糖塗ったところにアリとか集らないの??
とくにアフリカとか。





あるある。

昔のトレンディドラマあるある






CSでそれ系見てウケてる次男坊に見せたらやはり大ウケし
さらに小学生バージョンを教えてくれた。






静寂を待つ人って(笑笑笑笑笑)






映画 『踊るアイラブユー♪』


 

 ※クリックすると映画の公式サイトへ飛びます。


原題「Walking on Sunshine」
邦題「踊るアイラブユー♪」
監督:マックス・ギーワ/ダニア・パスクィーニ
制作国:イギリス

<あらすじ>
旅行先のイタリアで運命的な恋をしたテイラー。
ここに残ってほしいという恋人の言葉を跳ね除け
心を残しながらもイギリスに帰国し大学を卒業。

そんなテイラーの元に、姉のマディからイタリアに来ないかと
連絡が来た。
あの恋の思い出と再会への淡い期待を持ちながら
再度イタリアの地に降りたテイラー。
久々に会った姉は「結婚する」と言い出し、その相手は
なんとあの元彼だった・・・・



アバの名曲で飾られた「マンマ・ミーア」の80年代ヒットソング
バージョンといった内容の映画です。
ストーリー自体はそれほど珍しくもないというか、まあこんな感じでしょう
というところで収まっています。
単純に80年代の名曲を歌って踊って楽しもうよ!という映画。
私のようにその年代に青春時代を過ごした方にはツボに入る一本と
いっていいでしょう。

この映画のタイトルともなっている「Walking on Sunshine」を
劇中でテイラーが歌っていますが、なんで サンシャインが
「on」なのかなあ、と不思議だったんですよね。
感覚的には「in the air」と同じく「in」じゃない?

と思っていたら、普通はsunshine も in で使われるんですね。
そりゃそうだよね。

じゃあなんでこの曲は「on」なんだろ。
和訳している人も「光を浴びてる」だったり「光に向かって歩いてる」
だったり「日差しの中を歩いてる」だったりさまざまなのよね。
実際の感覚だとどれなんでしょうね。



tag : walking_on_sunshine マックス・ギーワ ダニア・パスクィーニ アナベル・スコーリー ハンナ・アータートン ジュリオ・ベルーチ グレッグ・ワイズ イギリス映画

こまけえことはいいんだよ。

アマゾンのレビューで有名どころといえば、これかなと思うんだけど
こちらは架空アマゾンネタ
レビューの内容のみならず Twitter の内容すべてがヤバイ。
朝から読み続けて仕事にならん。

個人的にはアマゾンネタもいいけどfacebookネタが好き。
あとマリー・アントワネットのハッシュタグサイコー(笑)


なるほど納得。

この頃寒くなって、朝車で通勤している時に
やたら自転車で立ち漕ぎしている男の子たちが
目に入るのよね。

男の子だから漕ぐ時の振り幅みたいなのも大きくなって
車道に出てきがちになるんで危ないなあと思っていたんだけど
「なんで男の子って立ち漕ぎすんの?」ってかつて自転車通学していた
長男に聞いたら、「寒いから体温めようと思って」って言われて
なるほどと納得してしまった。
活発な男の子ならではの発想ね~。

自転車に絡んでもうひとつ。
今年免許の更新に行った時に、講習でこういう話を聞いた。
お年寄りって自転車乗っていると、曲芸かってくらいに
絶妙なバランスで自転車漕いでるよね。で、止まろうとしないよね。
あれは、自転車を漕ぎ始める時が一番力を使ってしんどいから
なるべく止まるのを避けようとするんだって。

それ聞いてそうなのか~と思ったよ。
それまでは一旦止まった方がお互いに楽だし安全なんじゃと
思ってたんだけど、力の衰えが絡んでるって言われちゃ
若い方が譲らざるをえないよね。
誰でも年を取ってあちこち不自由になるんだし。

お年寄りといえば、先日交差点の右折待ちで車を止めていて
目の前の直進してくるおじいちゃんの車が通り過ぎるのを
待っていたら、すごいジェスチャーで「さあ先に行きなさい、早く早く」
と言われて道を譲って頂いたことが立て続けに2度もあったのよ。
どっちもおじいちゃんの後ろに後続車いなかったから
のんびり待ってたんですけどね(笑)

年の瀬の慌しい時にありがたいことだわ、と思っていたんだけど
実はお年寄りの時間感覚と若い人のそれってすごい開きがあるんじゃ
とある出来事で思ったの。

それは車で道を譲って頂いた数日後のことだったのだけど
いつも使っているお弁当屋さんがその日はとても混んでいたのね。
で、さらにその日のスタッフはちょっと高齢気味の人しかいなかったわけ。

特にスタッフさんたちがモタモタしているわけではないのだけど
次から次にくるお客さんの注文を受けて待たせる、ということが続いて
ちょっと短気なお客さんが怒り気味にクレームを言ったんだよね。

その場は「すみません」ってことでお弁当渡して収まったんだけど
いつもは高齢の人+若い人の組み合わせで、若い人は混んできて
待たせるなと思ったら、受注時にその旨をお客さんに言って
それから注文を受けるのね。
もちろん待つのが嫌なお客さんはその時に自分でどうするか選ぶわけよ。

それがあの時の高齢シスターズは出来なかったのだけど
これも時間感覚のずれのなせる業なのかもしれないなあと
今は思う。
多分待つことも待たせることもよく言えばおおらかに、悪く言えば
それほど気にならなくなるんだろうな、と。

何が悪いというわけじゃないんだけどね。
老いにともなう自然現象なのだろうし。
その原因がわかると見方が変わることは多いな、というお話。