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*ロータス*

Author:*ロータス*
アフリカ人+日本人の熟年夫婦です

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not for me.

先日息子と車に乗っていた時、私達の一台前を走っていたのが
ジープで、ずっと「かっこいいな~ほしいな~」と思っていたら
息子にいきなり「こういう車好きだろ」と当てられた。
なぜわかったし。

奥様のセカンド・カーがジープってどうよ、と聞いてみたら
「どこのセレブの話かと思う」と返された。
ですよね~。
ちなみに私達の前を走っていた車種は中古で360万くらいだそうだ。
ん~、がんばれば買えそうな、でもやっぱり高そうな
よくわからない金額。
でも一番のネックは外車ってメンテがやたらと大変そうっていう
印象があるところ。
日本車ってそういう部分では安心できるじゃない?
これも先入観かしら。

車と言えば、交通の便が悪くて車での移動必須な場所で
働いているもので、社用車として夫用に一台中古車を買ったんだけど
それの車検時期がそろそろ来ていて、でも夫としては
このまま使うかどうか迷っているらしい。

買ったのはセダン。夫の年代の男性が乗るには可もなく
不可もなくといった車種で、そういう印象をあえて与えるために
夫自身がそれを選んだ。

が、いざ乗っているとどうも違うらしい。
車が運転しづらいとかそういう問題じゃなくて、どうもしっくり
こなくてコレジャナイ感が拭えないんだって。

夫のこの気持ちはすごいわかる。
私もどうもピンクという色が苦手で、どんなに似合うといわれても
その色の服は着ようとは思わないし、小物系も見てるだけで
テンション下がりそうなのであえて手を出そうと思わないから。
見た目のしっくり感と心のしっくり感はいつも共鳴するわけじゃ
ないのよね。

でも車って思う以上にその人の性格とか主張を現すよね。
まあ車だけに限った話じゃないのかもしれないけど。


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懐かしさ満載。

ちょっと前に地元のラジオ局が開設されることになって
ナビゲーターなしで有線のようにひたすら色んなジャンルの
音楽をかけるスタイルの時間が多いところが気に入って
最近は車の中ではこればかり聞いている。

かかる曲は昔の歌謡曲から最近のJ-POP、演歌、洋楽、童謡、
ハワイアン、ラテン音楽とかなり雑食。
かからなのはヘビメタとヒップホップくらいじゃないだろうか。
だいたいリクエストをメインに選曲しているようなので
この時間にはこの年代の人が聞いているんだろうな~という
コンテンツになっている。
一時は戦後から高度成長期にかけての歌謡曲、美空ひばりとか
黄色いさくらんぼとか僕は泣いちっちとかがエンドレスに
流れていましたよ。
私にとっては懐かしい以前に新鮮すぎる曲目。

個人的には子供の頃に聞いていたであろう歌謡曲を聞くのが
やたらと懐かしくて好きだ。
ピンクレディ、キャンディーズ、山口百恵、新御三家の3人、etc.etc.
石川ひとみの「まちぶせ」とか聞くたびに黒い女だなと思うし(笑)
太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は別に欲しくなくても
指輪くらい貰っておけば男にも忘れられなかったんじゃないの?
とかつい思ってしまう。
男って「俺がいなきゃ」って思わせておかなきゃいけない部分って
あるじゃん?本当にそいつが必要かどうかはともかくさ。
聞き分けが良すぎるのはやっぱりダメなのよ。

でも子供の頃はそんなのわかんなかったけど、あの頃の人達って
本当に歌が上手だったよね。っていうかそれがアイドルの条件でも
あったのよね。
多分それが崩れたのがたのきんトリオあたりなんじゃないかしら。
田原の俊ちゃん特集で30分彼の歌を聞かされた時は
拷問でしかなかったわ。近藤マッチも似たようなもんだし。
でもあれだけ売れたって時代の変化ってすごいわよね。
っていうか、あの下手くそによく曲をあれだけ作って提供したと
思うわ。
まさに周りがプロだったのよね。

などと大人になると色々思うところがございます(笑)

懐かしいって言えば、今ちょうどCSで「大草原の小さな家」の
再放送をしていて、それを録画しながらシーズン1から観ている
んだけど、ちょうど私の鑑賞タイムが次男のごはんタイムと
重なる場合が多いので彼も必然的に一緒に観てることになり、
彼的には本当にネリーとオルソン夫人がいかにもザ・アメリカン
ど屑みたいな感じでツボらしい。

「今日も安定のネリーで安心したよ」とか言いながら見ている彼に
でもネリーって結婚するとマトモになるんだよ、と教えたら
「マジかよ」って超ウケていた。まあ母親がアレなのに結婚して
マトモになるとは想像できないわな。
ついでに「なんなのメアリーのこの最強ぶり」と言った時には
でもメアリーってこの後失明しちゃうんだよね、って話をしたら
「え、ちょっとまってそれ何話目?」って食いつき振りがすごかった(笑)

この番組も子供の頃から好きで観ていて、昔は「頼もしい父さん、
優しい母さん」という最強の理想の両親みたいに見えて憧れていたけど
大人になってから観ると、父さんは結構子供っぽいところがあって
しょうもない失敗しまくっているし、母さんは負けず嫌いだったり
するしで結構どこにでもある家庭だな、ということがわかったりする(笑)
倫理観が優れているいい家庭だけどね。

話の内容も監督によって特色があったり。マイケル・ランドンのは
最初絶好調→思わぬアクシデント→最後めでたしめでたし、の
パターンが定番でチャン・イーモウっぽい。こういうドラマチックな
展開が好きなんでしょうね。
監督さんが違うとまた淡々とした話だったり、しっとりしていたり。
そういう見比べも大人ならではだなーと思う。

そう言えば、ニトロを運ぶ話の中に出てきた若い黒人さんが
めちゃくちゃイケメンで誰これ?と思っていたら
ルイス・ゴセット・ジュニアだった。
いや今みても面影全然ないんですけど。
この遺伝子を誰か受け継いでいるのかしら。
ぜひそうであってほしいわ。

懐かしい話繋がりで最後にもういっこ。
うちのHDDにカーペンターズのデビュー一年目くらいの時の
BBC特集番組みたいなやつの録画があって
それ観る度に失ってはいけない人を失ってしまったなーと思う。
私にとってはジョン・レノンよりもMJよりも全然大きい損失。
それがカレン・カーペンター。
今も生きて歌っていて欲しかったなあ。


犯人はおまえかっ!!

この夏、私は非常に臭かった。

そりゃ夏ですから汗かきますよ。普通でも汗臭いですよね。
でもなぜか今年はその匂いが尋常じゃなかったの。
汗をかくと服がまず汗臭くなるじゃない?
その服を自分で着ているのが耐えられないくらい嫌な匂いがするの。
ワキガとかそういう匂いじゃないんだけど、なんていうのかしら・・・
表現が難しいけど強いていうなら病中とかお風呂何日も入ってません
とかそういう時の自分の体臭が凝縮された匂いっていうの?

一番衝撃的だったのは、お風呂に入った直後の汗でも
その匂いがしていたこと。
ってことは、これは汗の匂いっていうより体臭なのよね。
でもなんでこんなにいきなり臭くなっちゃったの??

もしかしてこれがあの加齢臭ってやつなのかしら。
ってことはこれからずっとこれと戦わなきゃならないのかしら。

がーん・・・・・

で、ふと思いました。
もしかして食べ物のせい?
この夏、なんか変わった食べ物食べていたっけ?

あ!もしかして・・・・

犯人がわかりました。
それは・・・・・


キャベツ!!


普段は生野菜ってめったに食べないのに、この夏っていうか
夫がいなくなった3ヶ月間、なぜか生野菜が食べたくて仕方ない日が
続いて、ひたすらキャベツの千切りの大盛りを主食としていたのです。

これがなんだか知らないけどおいしくてねー。
お腹の調子もてきめんに良くなるし、夜ご飯は軽くなるしで
いいことづくめだわーと思っていたのですが
ちょっと前にブロッコリーは体にいいけど食べ過ぎると
体臭が臭くなるという話をどこかで読んだことがあって
ブロッコリーとキャベツってたしか同じ仲間だったよなと
ググってみたらビンゴ。同じアブラナ科でした。
アブラナ科の野菜は食べ過ぎると体臭がきつくなるらしいです。
腸内環境にもよるらしいんだけどね。
それについては自信をもって悪いと言えますから
なんか色々と相乗効果があったんでしょうね。

で、犯人がキャベツだとわかったのは、このところ気候が
涼しくなってきて、キャベツをあんまり食べたくなくなって
普通のごはんに戻ったら体臭が元に戻ったから。
お風呂上りも汗をかいた後も以前の状態に戻りました。
ああよかった。

多分夏の間、自覚はなかったけど体にこもった熱を冷ましたくて
生野菜が食べたかったんだと思うのだけど、レタスとかじゃ
物足りなくてなぜかキャベツだったんですよね。
まあお通じが良くなるのも魅力ではあったんだけど。
で、面白いなーと思ったのが、いつも生理前くらいにくる
小麦ブームが一切訪れなかったこと。
生野菜で体が冷えていたからこれ以上体を冷やすものは
いらないと判断されたんだろうね。

しかしアブラナ科の野菜って好きなものが多すぎるんですが・・・
これからも大根とか白菜とか季節的に外せないものばかり・・・
冬はそれほど汗かかないから平気かな~と思いつつ
許容範囲を探ってみることにします。



映画 『フランシス・ハ』



 ※クリックするとこの映画の公式サイトへ飛びます。


原題「FRANCES HA」
邦題「フランシス・ハ」
監督:ノア・バームバック
制作国:アメリカ

<あらすじ>

フランシスはモダンダンサーで有名になることを夢見て
劇団の実習生としての毎日を送っている27歳。
まだまだ芽は出そうにないけれど、出版業界で名を馳せることを
目指している大親友のソフィとの共同生活はこの上なく楽しいし
今の状況にそこそこ満足している。

が、上昇志向の強いソフィが同居を解消すると宣言。
余儀なく引越しせざるをえなくなったフランシス。
ソフィの紹介で知り合ったレヴの部屋に空きがあると知り
そこに転がり込むのだが・・・・



小規模公開された映画が口コミで話題になり大ヒット、というのが
非常によくわかる良質映画です。
全編モノクロ(白黒)というちょっと変わったつくり。

このフランシスは年齢的には「女性」でも中身はまだまだ「女の子」と
言った方がしっくりするほど大人になりきれていないのですが
仲間だと思っていたソフィの変化を皮切りに、彼女にも否応なしに
今の状況に甘んじていられない時期が訪れます。

夢は諦めきれない、でもこのままじゃ生活出来ない。
彼女の不器用なもがき方に共感した人も多いのでしょうが
不器用なだけじゃない、彼女の成長する姿がまた
多くの人からの好感を得たんじゃないかと思います。

と、この意味不明なタイトルね(笑)
これは映画を最後まで観るとその答えがわかります。
言わばこの映画の肝みたいなもんなので、意味をググったり
しないで最後まで観て「なるほど!」となるのをお勧めします。





tag : FRANCES_HA フランシス・ハ アメリカ映画 ノア・バームバック グレタ・ガーウィグ ミッキー・サムナー

特技。

先日、映画「ターミナル」と「セントラル・ステーション」を
観て思ったこと。

やっぱり最後に自分を助けてくれるのは身についてる特技よね。

特技って生まれ持ったものと後から習得したものがあって
もちろんどちらも自分を助けてくれることには変わりないんだけど
元々備わっているものは「出来て当たり前」な感覚があるから
努力して習得した後者の方がより有り難み感が強い、と思う。

私にとって後者って何だろうなあ、って考えてみたら
色んな中途半端で極まってないものばかりが思い浮かぶ中
ありましたよ、ひとつ。本当に今まで恩恵を受け続けてきたもの。
それはブラインドタッチ。

元々は通っていた学校の必須科目に英文タイプがあって
本当に大嫌いな授業だったんだけど、そこで身につけたものが
一番役立っているっていうね。
指が短いから英文タイプ自体には向いていないんだけどね。

英文タイプでは正面を見ないで打つ、ということが基本だから
横を向きながらでもタイプ出来る姿に驚かれるけど
その当人は見ないで普通にテンキー打ち続けていたりするので
こういうのは単に慣れの問題なんだと思います。

ついでに持って生まれた能力で助けてもらっているものを
考えてみたら、それなりにたくさんあるけれど
一番助かっているのは「読むことを苦痛としない能力」
なのではないかと思う。
仕事でもプライベートでも「読む」という行為を避けては
通れませんからね。

と言いつつも、年と共に長文の書類とか読むのが面倒に
なってきたので結構困っている。
まさか自分に読むのが苦痛になる日が訪れるとは夢にも
思っていなかった。

更に、数年ぶりに買ってみた本を読んでびっくり。
目が縦書き文書に順応していかない・・・・・。
考えてみれば身の回りに溢れる文書は日本語でも
英語でも横書きばかりだもんなあ。
使わないでいると目の筋力って衰えるものなのね。

買ったまま放置されている本。
読みたい気持ちはあるものの、いつになったら読み終わることやら。


映画 『カッスル夫妻』



 ※クリックすると Movie Walker のサイトへ飛びます。


原題「THE STORY OF VERNON AND IRENE CASTLE」
邦題「カッスル夫妻」
監督:ヘンリー・C・ポッター
制作国:アメリカ

<あらすじ>

劇場でコメディアンをしていたヴァーノンは、そこでの
花形スターにモーションをかけるがなしのつぶて。
ある日もビーチでのデートをすっぽかされ、がっかりしながら
近寄ってきた子犬と遊んでいたらその子犬が海に入って
溺れそうになり、慌てて海に飛び込んだところ
偶然同じ場面を目撃し同じく飛び込んだアイリーンと出会う。

ヴァーノンのダンスの腕前にすっかり魅了されたアイリーンは
彼の出る劇場に足を運んでみるのだが、実際の彼は
ダンサーではなくコメディアンだと知り失望してしまう。

その後、恋に落ち結婚した二人は、ダンスで劇場に
出演することを希望するのだが、劇場主は首を縦に振らず。
そんな失望した二人の下にパリでの公演オファーが舞い込み
喜び勇んで向かうのだが・・・



1910年くらいに一世を風靡したカッスル夫妻の実話で、
ベースは奥様のアイリーンが書かれた自伝だそうです。

ヴァーノンはコメディアン職に不満があるわけではなく、
どころか好んでそれをやっているのですが、アイリーンは
それが非常に不満で、彼にはダンスで大成して欲しいわけです。
そしてそのアイリーンの気持ちを汲んでダンサーに転向する
ヴァーノン。ご主人のヴァーノンさんはイギリス人らしくて
第一次世界大戦にも志願して出兵しています。その他の映画で
描かれているエピソードを見ても男気がある方だったんだろうなと
思います。

個人的にはコメディアンでもいいじゃないのとは思うのですが
このお二人が今の社交ダンスに及ぼした影響はとても大きい
そうですから面白い結果にはなっていますね。
特に新しいステップのカッスルウォークが生まれた原因が
激しいダンスだと下の階の住人から苦情が出るから、という
逸話とか社交ダンスをされている方には興味深い内容なんじゃ
ないでしょうか。

フレッド・アステアの映画というのは、彼の優雅なダンスを
観るのが主な目的になると思いますし、たしかにうっとりするほど
優美なのですが、と同時にこの踊りをこなすにはどれだけ
練習するんだろう的なストイックさというか息苦しさも個人的には
感じてしまいます。

だからなのか、彼の映画には三枚目な役柄の人がいることが
多いように感じるのですが、この映画の中ではそれを
ウォルター・ブレナンが担っています。
アステアがダイコンだとは決して思いませんが、彼はキムタクのように
何に出ても「アステア」なので、こういう名優に支えられてこそ
彼のダンスが光るんだろなあと思います。


tag : アメリカ映画 カッスル夫妻 THE_STORY_OF_VERNON_AND_IRENE_CASTLE フレッド・アステア ジンジャー・ロジャース ウォルター・ブレナン エドナ・メイ・オリヴァー カッスル・ウォーク

ビッグさみしい。

私は、子供というのは学校を卒業して大人になったら
みんな一人暮らしをしたいものなのだと思っていた。
男の子なんかは特に。

しかし我が家の息子達は働き始めた今も
何も変わらず一緒に暮らしていて、何となく探りを入れてみても
出て行く考えは毛頭ないらしい。

まあたしかに不便な田舎に住んでいるわけじゃないから
便利で刺激的な都会への憧れみたいなものはないだろうし
一人で家賃払って生活するメリットって多分ない。

子育てが終わった後、夫婦ふたりでのんびり暮らすつもりだった
私の計画はきれいさっぱり砕けたわけだけど
今はこの状態でいてくれることに非常に感謝している。

というのも、今回の夫の帰省で、なぜか私は無性に寂しくて
堪らないのだ。
夫が恋しいというよりも(いや恋しい部分はもちろんあるのだけど)
「ひとりでいる」という状態に耐えられない。

今まではひとりで三週間暮らそうがそれが一年になろうが
全然平気だと思っていたし、実際平気だったと思う。
だから今回のこの心境の変化に自分自身でまず驚いているし
戸惑ってもいる。
そしてそれ以上に今の状況に感謝している。
「ひとりでいる」というのは今の私にとって恐怖に近いものが
あるのだ。

ここまで大きな心境の変化がなぜ起きたのか。
きっかけは息子達が大きくなって、家の中にいても自室で
過ごすことが大半になって、そうお互いに話さなくなって、
私も実質ひとりで時間を過ごすことが多くなったということかも
しれないけど、本当のホン星は更年期なんじゃないかと思っている。
というのも、この恐怖感とか不安感って生理が来る1週間前の状態に
似ているので、実は不安定なホルモンバランスが犯人なんじゃ
ないかなと。

まあともあれ、なにが原因だろうとこの不安感が存在していることに
変わりはないので、掃除しても掃除しても息子達のせいで汚れまくる
キッチンとお風呂は文句言わずに掃除することにしている。

ついでにもう少し贅沢を言うならば、下の息子よ、君はそろそろ
新しいテレビを買って自室にもう少し篭っていてくれてよい。
私はもうちょっとリビングで映画が観たいのよ。

つい先日、いつも仲良くしてくれている親子が夫の国から帰国して
一緒に遊んで貰ったのだが、その娘の方から「夫さんいなくて
寂しい?」と冗談交じりに聞かれて、真面目に「寂しい」と答えて
しまったもんだから、夫にそれを(多分3倍くらいに膨らませて)
伝えられて非常にびっくりされた。
まあ私自身がびっくりしているんだから彼も驚くわな。

で、寂しいなら10月に一度帰るよ、と提案されたので
慌てて息子達がいるから大丈夫、と固辞しておいた。
帰ってきたら帰ってきたで色々面倒なのよね。
それなら今の状態で「さみしい~」って言っていた方が楽だわ。


出来ることから始めよう。

パラリンピックのプロモーションビデオを見ていると
誰かが言っていた「パラリンピックこそ人体の限界への挑戦」
って言葉が頭に浮かぶ。本当に心から同意だ。

と同時に、この中に途上国の人達はあまりいなさそうだと
いうことに悲しくなる。
どこで生まれるか、はやっぱり外せない大きな要素だと思う。

夫の国でも、相当のお金持ちじゃない限り
身体的な障害を持った人達は物乞いだ。
ずらっと並ぶ渋滞の車に向かって、物売りの人達に混じって
一台一台渡り歩いている。
でも幸か不幸か(?)あまり悲惨な感じでもなくて
明るいというよりもビジネスライクな態度というのかな。
自分は働けないんだから貰って当然的な雰囲気がどことなく
漏れている感じを受ける。

でも毎日朝起きて身支度して物乞いに出かけるのだから
それは立派な仕事よね。
多分それなりに貰えるのだろうし。
じゃなかったらあんなに集まっていたりしないと思う。

うちの夫はその手の人達を胡散臭いと思っていて
絶対お金や物を渡したりしない。っていうかガン無視。
私はそんな夫に「あの人達に職業訓練校のようなところで
何かしら技術を身につけてもらって、きちんと働いてもらったら
どうか」と聞いてみたことがあるんだけど、それに対しての答えは
「五体満足な人間ですら職にあぶれてるのに見つかるわけないだろ」
だった。うーん、なるほど。難しい。

ああいう人達にこのパラリンピックの映像を見せたら
どういう反応を示すのだろう。
先進国の恵まれている人達だから、と言うのだろうか。
自分に同じチャンスがないのを理不尽だと感じるのだろうか。

ガーナ滞在の最終日の夜、人通りが(というか車通りも)
少ない場所を車で走っていたら、ちょうど交差点に当たる場所に
松葉杖をついた10歳くらいの男の子がいて、ぞうきんを振り回しながら
窓拭きをさせてくれる車を探していた。
すぐそばの歩道には男の子より少し小さいくらいの女の子がそのまま
寝そべっていて、彼等の家がそのすぐそばにあるのか
そもそも家がないのかはわからなかったけれど、平然と物乞いを
している大人達とは完全に一線を画いている彼の行動には
胸を打たれた。
彼はきっと賢い大人になるだろう。

ちょっと前に見たニュースなので今も存在するかどうかは
わからないけれど、その中では肉体的な障害を持った人達の
訓練校みたいなのが開設されていて、働くことを前提にして
色んなことを学んでいた。

あの国にそういう流れが出来始めたのはとても喜ばしいことだし
もし今はポシャってしまっていたとしても、誰かがまた始めるだろう
とも思う。その時は私も多少なりとも応援できたらいいな。