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アフリカ人+日本人の熟年夫婦です

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映画 『ブラック・スネーク・モーン』



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原題「Black Snake Moan」
邦題「ブラック・スネーク・モーン」
監督:クレイグ・ブリュワー
制作国:アメリカ

<あらすじ>

アメリカ南部の田舎町。
レイはセックス依存症という心の病を抱えながらも
同じく不安症を持つ恋人のロニーと支えあいながら
暮らしていた。

ロニーが入隊し一人となったレイは、それまで抑えていた
依存症に再び飲み込まれ、ある男を怒らせたことにより
暴力を振るわれ重症を負ったまま道に捨てられてしまう。

意識もなく倒れているレイを偶然見つけたラザラス。
彼もまた妻の裏切りから半世捨て人のような生活を
送っていたが、レイが抱える闇を知り、彼女を救うことが
神から自分に与えられた使命だと思うようになる。



「自分を露ほども大事に扱わない女性」に自尊心を
改めて教えていくっていうのが全体のテーマだと思うんだけど
キーとなるレイは自分が半裸状態でもそれほど気にしないし
あちこちで簡単にセックスするしで、描写としてはやや刺激的な
シーンが多い。
でも、それをクリスティナ・リッチやサミュエル・L・ジャクソンが
演じることによって、映画としては安っぽくなっていないのが
すごいと思う。一流の役者ってこういうもんなんだなあと。

いい映画だなと思うし全然嫌いじゃないけど
この手の映画って誰向けメッセージなんだろうね。
本当に釘を刺さなきゃいけないタイプの人は
こういうのあまり観ない気がするんだけどどうかな。
それとも一見無関係な私みたいな人が大勢これを観て
世論を動かすのが目的なのかな。

まあそういう小難しいことを抜きにしても
単純に映画として楽しめる一本ではあります。
でもやっぱり大人の映画かなーという気もします。



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tag : ブラック・スネーク・モーン black_snake_moan クリスティナ・リッチ サミュエル・L・ジャクソン クレイグ・ブリュワー アメリカ映画

映画 『やさしい嘘』




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原題「Depuis qu'Otar est parti...」
邦題「やさしい嘘」
英題「Since Otar left」
監督:ジュリー・ベルトゥチェリ
制作国:フランス、ベルギー

<あらすじ>

アダは母親と祖母との3人暮らし。
叔父のオタールは3人のいるグルジアから
パリへ出稼ぎに出ており、残された祖母の
唯一の楽しみといえば、息子オタールからの
電話と手紙。

ある日、祖母の留守にオタールが事故で
急逝したとの連絡が入る。
祖母の身を案じてそのことを知らせないことに
したアダ達は、オタールの代わりに手紙を書き
祖母へ届けるのだが、何ヶ月も電話が来ないことに
業を煮やした祖母はオタールに会いに
パリに行くと言い出し・・・・・




まだまだ途上段階のグルジアが舞台の映画です。
祖父母はこっそりフランス語の本を大量に密輸するほどの
フランスびいきで、アダはその影響を小さい頃から受け
フランス語が堪能。オタールも医者の資格を持っておりと
一見インテリ一家に見えるのですが、実情はオタールは
パリの工事現場で不法に働き、残されたアダ達も借金だらけで
不用品を細々と売り払いながら食べていくのが精一杯。

そんな生活の中で起きたオタールの死という大きな出来事。
祖母に告げることを頑なに拒む母親、それに反発するアダ、
何かがおかしいと感じ始める祖母と、3人のそれぞれの立場が
絡まってストーリがー進んでいきます。

この映画って一見アダが主軸なのかと思いきや
母親をメインにしても祖母を主役しても十分成り立つくらい
3人とも芸達者なのですが、さすがに年の功というべきか
最後の最後に祖母に全部持っていかれます。
色んなことを乗り越えてきた女はやっぱり違うね(笑)



tag : やさしい嘘 Depuis_qu'Otar_est_parti... Since_Otar_left ジュリー・ベルトゥチェリ フランス映画

トランジットの落とし穴。

今回夫が利用したエチオピアエアライン。
行きは日本→アディスアベバ→夫の国という経路で
帰りは夫の国→アディスアベバ→香港→日本に
なっていました。夫の希望で。

予定していた日本への帰国日が延びたので
リコンファームのついでにチケットの延長手続きで
エチオピア航空のオフィスに出向いた夫。
なんと、トランジットビザを取らないと香港では
飛行機を降りることが出来ないと判明。

え、空港内ぐるぐるしているだけでもダメなの?

だめらしいんですよ。ビザないと飛行機に缶詰なんだって。
トランジット時間は1時間半くらいだったけど
飛行機から降りられないならわざわざ経由する意味ないよね。

ということは、夫婦で呑気にチケットだけ買ってたら
香港で立ち往生という目にも遭っていたわけですね。
リコンファーム時に忠告してくれたかどうかもわからないし。
結局チケットは買い直しをしたそうですが、第三国出身者で
日本に永住しててどこでも結構気軽に行けてみたいな
生活をしていると、こういう思わぬ落とし穴がございます。
同じような方、お気を付け下さい。

ちなみに香港のトランジットでビザが必要かどうかは
こちらに記載があります。


 http://www.immd.gov.hk/eng/services/visas/visit-transit/visit-visa-entry-permit.html#notes


トルコみたいにトランジットだけならいていいよ的な
その場で有料で発行してくれるビザはないのかな。
今のところ不明です。


ところで、夫も向こうでの生活スタイルが緩やか過ぎて
飽きたんだか緩さに馴染んだんだか
電話がかかってきても話す内容が非常に緩いです。

こんな世間話を高い国際電話でダラダラしていていいんだろうか
と思いつつ付き合っていますが、大抵最後は
「これからおいしいパイナップルを食べるからじゃあね」とか
「これから朝ごはんだからじゃあね」とかで切られます。

食べ物に負けてると思うか「思う存分食べなさい」と思うかは
付き合いの長さ次第です。



*************************************



前回一緒に向こうへ里帰りをした際、向こうの知り合いの女性から
思わぬお土産を貰ったんですよね。

可愛らしい布製のバッグだったんだけど、本当に思いがけない人から
だったのですごくそれが嬉しかったんです。
それで今回夫に彼女へのお土産を持って行ってもらうことにしました。

もう30くらいの大人の女性なのですが、高すぎず安過ぎず
かさばらず・・・・と色々考えて、ピアスならいいんじゃないかなと。
2000円くらいの半貴石がついたようなやつ。
耳にぴったりくっつくようなデザインのピアスは向こうの女性は
誰でも着けていますからね。

一応買う前に夫に相談しました。

この間、お土産貰った彼女へお返しがしたいんだけど。

いいんじゃない?

ピアスとかどう?


「え?ピアス?うーん・・・・・」

いや、それはまずいだろ、と思わせるような夫の反応。

なにがまずいのかなあ。
夫(男)が渡すから?他の女性にバレたら嫉妬されそうだから?
一見高そうな貴金属だから?

何がだめなのかがはっきりしないまま、でも夫に無理やりピアスを
渡しても持っていくのを拒否されそうだったので
諦めて別の物を探すことにしました。

でもね、頭の中がもうピアスなわけですよ。
そこからまた別のものを思いつけって言ってもねえ・・・・・

スカーフ、は使わなさそうだしなあ。
髪につける系の飾りとか?

「 バッグとかいいんじゃない? 」


バッグ?でもバッグ貰ってそのお返しがバッグ?
そっちの方が選ぶの大変じゃない?
っていうか、日本的に考えるとそれって失礼だよね。

といいつつ、見つけてしまいました。
というか目の前に現れました。
彼女に超似合いそうな色合いのバッグ。
大きさもちょうどいい感じ。

「 うん、これいいんじゃない? 」

夫も気に入った模様。

でもバッグにバッグ返し・・・・

そこがすごい引っかかったけど、もう選んでいる時間も
なかったので買って夫にそのまま渡しました。

「あれ彼女に渡してくれた?」ってこの間聞いたら
「まだ」って言ってたけど、あれでいいのかなあ。
喜んでくれるならそれでいいんだけど、まだ反応聞いてないし。

そこらへんの正解が知りたいのですが
これもまだなぞのままです。



Hello to you

昨日、ニュースでこの18円切手について
はじめて存在を知りました。


 


18円ってまた中途半端な額だよねと思っていたら
海外へ年賀はがきを送る場合は70円の送料が必要らしく
年賀はがきにプラスして貼るために売り出されるらしい。
だから年賀はがきの販売終了と共にこちらも終わるそうで。
去年の図柄が好評だったので今年で第二弾ってことのようです。
ちなみに去年の柄はこちらの天ぷらとお寿司
どちらも余白部分の遊びがいいよね。

今日たまたま郵便局に行く用事があって、ああこの切手ね、と
眺めていたら、近くにこれも売ってました。
和の食文化シリーズ。


 


だめなんだよねー、こういうの。
おままごと心をくすぐるっていうの?
もう速攻お買い上げですよ。
しばらく使わないで取っておこうっと

このグリーティング切手も素敵なのだ。
今度郵便局に行った時に売ってたら買おうかな。

昔は切手なんて全然興味なかったのに
この頃収集家の気持ちがちょっとわかりかけてきてヤバい(笑)
でも誰かに送って喜んでもらいたいって気持ちもあるから
根本的に違うのかもしれない。
(あの人達は指紋すらつけようとしないレベルだし)

ちょっと前にポストクロッシングというのがあると知って
参加してみたいなあと思っていたけど、こういう切手って
まさに適任だよね。

うちに要らないポストカードたくさん余っているから
この機会に始めてみようかな。



楽しみふたつ。

ここ数日、外を歩くと動機がして苦しくて仕方がないので
(毎月1週間くらいこういう状態になる)
家の中で踏み台昇降をしている。
同じように苦しいことは苦しいけど、家にいる分
いつでも中止出来るから。

で、多分そのせいだと思うんだけど
9時くらいにソファーにちょっと横になって
テレビを見始めると知らない間に(っていうか多分速攻)
寝ていてそのまま誰も起こしてくれないもんだから
気づくと夜中の3時とかになっている。

実際の起床時間まではまだ3時間くらいある。
でもすでに6時間寝てるからもう眠れそうにない。
でも映画も観たくない。
ネットでも見て暇つぶしするか。

ってテンションでネット見始めちゃうと
変なもの買っちゃうよね、っていう良い例がこれ。


 色の重なりで華やぐ カラフルつまみ細工ミニブーケの会 (6回限定コレクション)


ちなみに後悔はしていない。
が、普段の私なら購入するまで数日悩んで悩んでいる間に
忘れるレベルだろうとは思う。
このテンションであちこち見始めるとそっちで後悔しそうなので
ネットショッピングはそこで止めた。

これが欲しくなったのって、左下のバラのブーケに目が行って
気に入ってしまったからなんだけど、多分それは
昼間にこの折り紙に挑戦して最後の方で挫折したせい。


 折りバラウェブサイト


手先は器用だと思っていたのに。
(っていうか手先の問題じゃない?)
また気を取り直してリベンジする。


ついでに、来年のお正月は夫が不在になりそうなので
御節自体あんまり好きじゃなくて子供時代を最後に
食べていなかったけど、今年はネットでひとつ買ってみようかなあ、
という気になった。
これは昼間にちゃんと吟味したから大丈夫。

で、あんまりがっつり日本風なのは私も食べたくないし
洋風とか中華風ならいいんじゃないかと思って
探してたらひとつすごくおいしそうなのを見つけた。

その画像を長男に見せて注文したら食べるか聞いたら
「食べない」。即答。
え~、一人じゃ食べきれないよ、じゃあ注文出来ないじゃん。

あちこちのデパートが出しているおひとり様用の御節も
覗いてみたけど・・・・・
おいしそうだよ、でも何か違うんだよなあ。

それで色々見ているうちに、そうか、私は冷たいご飯を
食べるのが嫌なんだな、と気づいた。
だから温めて食べる中華タイプを気に入ったんだな、と。

で、それなら自分用に最初に気に入った中華バージョンを
注文すれば良いじゃんと思った。
お重(?)に盛り付けるから食べきれないんであって
真空パックで冷凍で届くんだから、好きなものだけ
解凍しながら少しずつ食べればいいんじゃん、と。

ということで、来年のお正月はちょっとリッチな御節三昧で
過ごす事になる予定。おいしいといいなあ。楽しみ。



余っているもので。

夫の帰国が当初の予定から2週間ほど延びまして
私の自堕落生活も引き続きその分延びることとなりました。

いやあホントに一人暮らしって時間余るよね。
この時間を有効に使わずにダラダラ過ごしていいのかっていう
焦燥感にも襲われるし。
でもなんでダラダラ過ごすと罪悪感があるんだろ?
それでもいいのにね。不思議。

朝も夫の分の朝食を作らない分20分ほど余裕が出来るので
それを利用してあることを始めました。
それは毎朝の血圧と体重を測ること。
そろそろ1ヶ月分のデータが溜まりつつあります。

その計測結果を見返してみると、通常は上が95前後、
下が75前後の血圧が1週間を通じて100ちょっと超えてるなと
思うとそれが落ちる頃に生理が始まったり
ちょうど一ヶ月前も同じような症状が出てたなあ、とか気づいたり
結構律儀に体調と連動していて面白い。
やけに目覚めが良い日の血圧は必ず100をちょっと超えていたり
逆に頭痛がする時は120ちょっとだったりって
体調の変化具合で血圧の想定も出来るようになってきました。
血圧に比べると体重は思った以上に増減がなかったり。
これはこれでまた予想外。

あと2週間くらい計測したらパターンが見えてくると思うので
その後は体重測定と一言メモ(これが一番役だってる)だけに
しようかなと考えています。
多分血圧は計ってもそう変化はないだろうし。

血圧って言えば、うちの次男も低血圧タイプなんだけど
片頭痛の診察を受けに病院に行った際、体格に比べて低すぎるって
驚かれたらしい。
彼は常に眠気があって体もだるいらしいんだけど、これも低血圧の
症状のひとつなんだって。
高すぎるのも困るけど低いからっていいもんでもないよね。



****************************



私の余暇時間が有り余っているのは夜も一緒なんだけど
何をして潰しているかと言えば、今は録画した「刑事コロンボ」を
観て過ごしています。

私が子供の頃の洋画と言えばこれだったけど
今観るとその頃の思い出が蘇ってきて超懐かしい。
おなじみの「うちのカミさんが~」を聞きたくて
字幕じゃなく吹き替えバージョンチョイス。

それにしてもコロンボって異常なくらいしつこくてイライラする
刑事だよね(笑)
犯人が途中でついうっかりミスを犯すのがわかる気がする。
でも確か第一話だったと思うんだけど(うろ覚え)
コロンボ警部が

「 犯人にとってはこれが最初の殺人だけど
 私にとっては何百とみているうちの一つの現場に過ぎない 」

ってセリフを言うんだよね。
だから刑事から見るとなんか違和感があるところに気づくと。
これ聞いてすごい納得して殺人はやめとこうと思いました(笑)

今はコロンボのピーター・フォークも吹き替えの小池氏も石田氏も
みんな亡くなっていて、でも死してなお作品が愛されるって
俳優冥利に尽きるだろうなあと思います。


映画 『死刑弁護人』

 

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題名「死刑弁護人」 
監督:齊藤潤一
制作国:日本

<あらすじ>

オウム事件、和歌山毒カレー事件、光市母子殺害事件等
世間を騒がせた事件の容疑者を弁護し続ける安田弁護士。

彼の私生活からなぜ死刑囚を弁護するのかまでを
綿々と綴ったドキュメンタリー。



いくつかの事件との関わり合いとか心情とか姿勢とか
そう言ったものを撮り続けたドキュメンタリー映画なので
あらすじらしいものも取り立ててないのですが
私はこの映画を観て、改めて疑問に思うことがありました。
それは、容疑者の刑を決める際に、その容疑者の今後の
更生具合を考慮すべきなのかどうかということ。

その犯罪を起こすまでに個々それぞれの事情を抱えているので
そこを考慮するのはわかる。
ただのお金欲しさの親殺しと矢板の実父殺し事件のような
追いつめられた末の殺人を同じ土台に挙げて判断するべきではない。

でもね、「この子はまだ若いからこれからいい人になるよ」とか
そういうこと言いだしたらキリがないんじゃないの?
たしかにそうなる可能性はあるけど、でもそれはそれで置いといて
今目の前で起こったことだけで刑を確定する方がシンプルだし
加害者・被害者含めて納得度が高いんじゃない?と思ったんですよね。

まあ法を犯して「自分の未来を考えてくれ」って言うのも
大概だよね、って感想も持っちゃったし。

もちろん世の中には冤罪というものがあるんだし
こういう活動をする人も必要なんだろうけど、この映画の中の
安田弁護士が刑を軽くしたい理由っていうのが上記のように
思えて、もしそうなら私は賛同出来ないな、と思いました。

判決って言えば、「エミリー・ローズ」って映画の中で
悪魔祓いをした神父さんに下されたやつが
信仰と法のどっちも尊重していてすごい落としどころだなと
感心したな。
やっぱりグレーにしておきたいことってあるものね。



tag : 日本映画 死刑弁護人 安田好弘 齊藤潤一

思考方法。

この話、非常に興味深くて面白かった。


 【反応まとめ】頭の中のアレクサンドリア大図書館の話


元となる記事はこちらで、上記はこの記事へのコメントを
まとめたものなので、ぜひこちらから読んでほしい。
というか、じゃないと流れがよくわからないと思う。

 頭の中のアレクサンドリア大図書館の話(認知特性について)


かいつまんで言うと、人が何かについて考える時
文字で考えるか映像か音かそれ以外のものかって話なんだけど
考えることによって導き出された結果を話すことはあっても
それがどういう方法で頭の中を巡っているのかまでは
話すことはそうそうないだろうし、そもそも自分の考え方(方法)が
他人と違うということにも気づかないことの方が多いんじゃないかと
思う。
自分にとってはそれが当たり前なんだし、頭はスケルトンじゃないから
他人のを覗いて違いを知るってこともないしね。

ということで、改めて自分が何かを考える時に何が頭の中を
占めているのかを思い出してみたら、「音」だなと思った。
私は何かについて考える時や文章を書く時
頭の中で誰かにひたすら話をしている。

まあ相手がいる設定なんで、映画のように映像も一緒に
見えることもあれば音しかないこともあり。でもともかく
「会話式」なんだよね。
だからたまにうっかり本当に口をついてしゃべっていることがある。
だいたいはひとりでいる時だからいいけど、電車の中とかマジで
ヤバい人になってしまうので、あんまり公共の場で考え事を
しないことにしている。
あと車の中もね。そっちの会話に夢中になっちゃうと
運転がおそろかになって危ないから。

それと、某所で以前「自分の心理的な状態が映像になって
頭に浮かぶ」ということを書いたことがあるんだけど
この時には映像は動くんだけれど不思議に音がないんだな。
あれは「考え事」じゃなくて直観的に頭に浮かぶからなんだろうな。

私はもともと自分はおしゃべりな方じゃないと思っていたし
実際1ヶ月くらいなら誰とも何もしゃべらなくても平気だけど
でもそれって頭の中でずっと話をしているからなのかもしれない。

ってことは本当はおしゃべりなのか?
うーん・・・・

でもこれだけ頭の中でしゃべっているのに、実際の会話能力は
低めなんだよね。やっぱりリアルに相手がいないと反応がないし
磨かれないものなんでしょうねえ。


会話と言えば、ちょっと話がずれるけど、ごくたまに
誰かと話をしている時になぜか口から自然に言葉が出てこなくて
頭の中で一回文章をタイピングのように文字で思い浮かべて
それから口に出す、ということがあるのですが
他の人ってそういうことないのでしょうか。

イメージとしては、英語があまり得意でない人が
日本語をいったん頭の中で英語に訳してから
それを話す、みたいな感じですかね。
それに伴うタイムロス具合も似た感じ。

特に相手が誰、という区別もなく、すごく親しい間柄でも
発生したりするので自分でもなんでなのかなーと謎です。



映画 『東京難民』

 

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題名「東京難民」 
監督:佐々部清
制作国:日本

<あらすじ>

時枝修はどこにでもいるお気楽三流大学生。
ある日、いつも通り大学に行くと入室するためのIDカードが
NGになり、学生課に赴くとそこで初めて学費が未払いで
除籍となっていることを知らされる。

同じくしてアパートの家賃も未払いであったことがわかり
仕送り元だった父親を訊ねに故郷に戻ると
実家はもぬけの殻。

父親の連絡先もわからず自分はほぼ無一文、
さらに住む場所をなくした修。ネットカフェを転々としながらの
その日暮らしが始まるのだが・・・・



修を見ていると「さすがにこれはバカすぎないか?」と
思うこともあったりするのですが、でも特段頭が良いわけでもなく
世間を知っているわけでもない若い子の視野って
こんなもんなんだろうなーとも思ったりもします。
誰でも若い頃はそうなんだけど無知って怖いよね。

半年間でこれだけの経験をしたら本当にすごいし
今後の人生で多少何か起こっても動じないだろうと思うんですが
いわゆる底辺層とかお水とか普通じゃない世界でも
それなりにモラルを保って生きていけるのは、それまでの
育てられ方なんだろうなあ、と思いました。

よく苦労は人を成長させると言いますし、それには賛同しますが
苦労を乗り越えられるかどうかのポイントって、それまで人に大事に
されたとか家族に愛されたとか何かしらの肯定感を持っているか
どうかなんじゃないかと最近思うのですよね。

ちょっと個人的に気になったのは、日雇い労働者とかホームレスとか
そこら辺がやけにきれいに描かれすぎていることかな。
たしかに「普通の人」がそこまで転がり落ちることもあるでしょう。
そういう人はそういう境遇になっても、それまでに身に着けたモラルが
そのまま残っていたりします。
でも、いわゆる「人としての品がない人」というのも確実にいます。
なるべくしてこれになったんだろうなあ、と思わざるを得ない人も。
そういうの全然なくて、ちょっとした不幸でつまずいちゃった人
ばっかり出てくるのってどうなの?とは思いました。


ところで、修のようにいきなり金も家もない状態になったら
どうすればいいのか気になりますよね。
ということで調べてみたら、こんなまとめサイトを見つけました。


 19歳でホームレス生活?知っておきたいセーフティネット、支援団体


まず家を追い出される前に相談するべきだけど
ホームレスになっても大丈夫。
その場合は「今住んでいる場所から一番近い福祉事務所」に
相談に行きましょう、とのことです。

よくテレビでネカフェ難民の実態までは取り上げるけど
その受け皿ってそんなに一緒に報道されないよね?
私もこういう場合は市役所の福祉課あたりなのかなあと思ってました。

ということで、この映画にひとつ賢くしてもらいました。
どうもありがとう。


tag : 東京難民 中村蒼 佐々部清 日本映画

ポジション。

最近車の中でラジオを聴いていると必ず絡んでくるのが
東京モーターショーの話題ですが、明日の8日が最終日なんですね。

うちの次男も観に行ってきたようで、BMWのバイクを見ていたら
営業さん(?)に「ヤマハよりも安いんですよ!」というような
売り込み方をされたらしい。
このネジも全部特製なんですよ、とかね。
天下のBMWがそんな売り込み方すんな、と興ざめしていました。

バイク乗りの人に言わせると、BMWのバイクって
長時間乗っていても疲れないんだそうで、そういう利点で攻めるんじゃ
なく備品とか価格とかで攻めるってどうよ、って感じなんですかね。
そもそも備品特注ならそこで金かかるじゃん、みたいな。
それともそういうところになびく層への展開を図っているのかな。
次男坊は「そういう層」に見られたということか(笑)
結局「ヤマハ、売れてるんだね・・・」って感想に行き着いて終わりでしたけど。

うちの次男坊はどこでも一人で出掛けていって適当に楽しんで
帰ってくる、みたいなタイプなのですが、ついこの間の文化の日も
ご近所でやっているお祭りに食べ物目当てで一人で行ってきたらしい。

「 ああいうお祭りに行くとさー、射撃の屋台ってあるじゃん。
 そういうとこいくと『プロの方はご遠慮ください』って
 言われるんだよね 」


いつの間にプロになったんですか。


以前も通りすがり(?)のおじさんから

「 君、射撃にぴったりの体格してるね~ 」

ってスカウトされたそうですが、今からでも何か目指せますかね(笑)



*****************************



こっちは長男の話。

先日、長男を助手席に乗せて車を運転していたら
彼がしきりに鼻をぐずぐずさせ出したので、近くにあるティッシュを
彼へ渡しました。
それでその時に「なんか久々に母親らしいことしてるな~」と
思いました(笑)

と同時に、かつて自分がこの子のおむつを変えていたのが
信じられない気もしました。
彼があまりにも頼りになり過ぎてしまって、大人同士としての関係に
慣れてしまって、かつてはこの子は小さい子供だったんだということに
すごく違和感があるというか。面白い感覚ですね。

改めて母親としての役割って何なんだろうと思うわけですが
単純に突き詰めて行くと「精神的に頼る先、甘える先」なのかなあ
という気がします。

というのも長男の顔つきが相手によって微妙に変わっていて
第三者にはしっかり者の顔、彼の父親(私の夫)にはもうちょっと
砕けた友達と家族の間のようなややリラックス気味の顔、
そして私に見せるのがくったくのない子供みたいな甘え顔なんです
よね。

その違いを見る度に「私はまだ甘えられる先でいないといけない
んだな」と気づかされて、やや忘れがちになる気持ちに活を入れる
わけです。