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*ロータス*

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アフリカ人+日本人の熟年夫婦です

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HSP。

結構前から名前だけ聞くようになっていたHSP。
ネットで診断出来るそうなので遊び半分でやってみた。

大雑把、細かいこと気にしない、無駄にポジティブ、という
周りの評価を受けつつも、案外本来の自分は繊細で気弱なタイプ
だとの自負があったので、割合高めの判断値が出るのだろうと
思っていたら、割合どころかどっちかっていうと低い方で
生き易いタイプでよかったなくらいのことが書いてあった。
え?繊細な私はどこに行ったの?幻?

でもまあまあよく考えてみれば、共感性という部分では
非常に低いなという自覚はある。
今までも外国人との恋愛で傷ついたという女性達やその周りの
共感度高めなタイプの人達から「同じ女だから」「同じアフリカ人と
結婚しているから」という理由だけで共感を強いられるのは
そりゃ違うだろ、という抵抗心はあった。

まあさ、ホントにタチ悪いやつに騙されたっていうパターンは
同情するけど、中にはこっちがドン引きするような対応してて
やっぱり騙されたみたいなのもあるからさ。
いやもう住んでいる星が違うなくらいのやつ。

こんな話はここらへんにしとくとして、HSPっていうとちょっと
繊細の上位へんくらいのやつ的な世間の捉え方がそもそも
間違っているのではないかと思った。
Highly Sensitive Person の Sensitive に対する印象が
英語圏と日本じゃちょっと違うのではないかと。
日本人にとっては、デリケート、繊細、感受性が強い等の言葉は
どちらかといえば好印象を与える部類だからね。

だから HSP を日本風に訳すとすれば、「感受性異常」とか
「感受性暴走」くらいの異常感を強める言葉の方がしっくりくるのでは
ないかと思う。

私は共感性は低いが感受性はどちらかといえば強い。
でもこの性質で得をしたという印象はなくて、むしろ絶えず
足を引っ張る存在だった。
だからこれが過剰とも言える状態で日々を過ごさなければならない
状況にはやはり同情する。疲れるだろうなあ、と。

基本的な性質が変わるわけではないから、コントロールする術を
身につけるしかなのだけどね。
発達障害をどうコントロールして人生を生きていくか、に近いものが
あるのかもしれない。


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映画 『アダムズ・アップル』




 ※クリックすると公式紹介サイトへ飛びます。



原題 「Adam's Apples」
邦題 「アダムズ・アップル」
監督: アナス・トマス・イェンセン
制作国: デンマーク

<あらすじ>
刑務所から仮出所したガチガチのネオナチのアダムは
更生プログラムの一環として田舎の教会に送られる。
そんなアダムを迎え入れたのは根っからの聖職者であるイヴァン。
彼の話によると、罪を犯した人でも今は立派に更生して
彼の教会を手伝っていると言う。

イヴァンに「君も何か目標を立てろ」と言われ、「じゃあ庭にある
りんごの木の実でりんごケーキを焼く」と適当に答えたアダムだったが・・・



聖書のヨブ記に絡めたストーリーになっているとても面白い一本です。
北欧独特の不気味さとかシニカルさがあって、一番マトモに見えるやつが
一番マトモじゃないっていうブラックさがいい。
淡々としているようでテンポがいいのでさっくり観られると思います。
ビー・ジーズの「愛はきらめきの中に」を神様への賛美歌として使っているのは
初めてみたな。歌詞としてぴったりだよね、これ(笑)

この紹介動画も変にネタばれしてなくて編集上手なのでお勧めです。
逆にこれ観て「面白くなさそう」って思ったら、合わないってことなので
止めといた方がいいかも。





この映画、次男と観ていたのですが、もう彼が色々と大ウケしていて
車を洗車したら雨が降った、とか、髪を切ったら寒くなった、とか
なんか裏目に出る現象が起こるたびに「これは悪魔の仕業」って言うのが
二人の間のお約束になってます(笑)

tag : Adam'sApples アダムズ・アップル マッツ・ミケルセン アナス・トマス・イェンセン デンマーク映画

非常にヤバイ。

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血は水よりも濃い。

米大統領選挙はまだまだ揺れておりますが、来月7日はガーナでも
大統領選挙があります。

ちょっと国境近くの隣国の人達にお金を払って選挙日だけ来て貰って
投票させてばれないうちにさっさと帰らせる、みたいなのを防ぐため
今回はIDカードの登録から始まり、選挙当日は指紋と虹彩の
ダブルチェックで挑むという、現政権のやる気漲る感じになっているようです。

とはいえ、ガーナでもコロナ罹患者がまた増え始めているらしく
人がたくさんいるアクラの中心地では投票も怖いので、夫と近くにいる
親族達は地元に帰って投票する手続きを取った模様。
まあ車で2時間弱くらいの場所ですからね。

ガーナ人はO型の人が多いからコロナの症状軽いのかもみたいなことも
言われてるよね、的な話から、何か問題があったら困るから今は日本は
学校で血液型調べないんだよね、という感じの話に流れ、さらに養子に
ついての話になりました。

まあ今は施設のような場所から子供を引き取るのが一般的になったけど
私が子供の頃はまだ同じ親戚から子供を譲ってもらう方が多かったと思う、
と私が言うと、夫の周りではその真逆で、その方法は一番嫌がられると。
なんでかっていうと、せっかく育てても大人になってから実の親の方に
行ってしまうのが常だからなんだそうで。
だから養子と言えば赤の他人を引き取るというのが当たり前なんだって。

こういう違いを知ると、やっぱり日本は血というものに人一倍拘る文化が
あるんだろうな、と改めて感じます。
どっちがいいという話でもないのですけどね。

ちなみに生前の義父宅へ行くと、たいてい10代くらいの女の子が
いたのですけど、それは養子とは違って学校に行かせる代わりに
身の回りの世話をしてもらう、といういわばギブアンドテイクの間柄
だったようです。
こういうのもまた独特の文化だなあ、と思います。